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常識的に考えて
#089 開発の現場から 【序】
BtoBの開発の現場に居る間に、忘れないうちに言っておかなければならないことがあると思った。
最初に断っておくとボクはUIについての仕事について従事しているので、画面側からのアプローチになるので、すべての意図は汲み取れないと思う。
それから、特に専門的な知識を身につけたわけではないので、専門用語や小難しい考え方や思想について書くことは出来ない。そのことによって見る人から見ればとても幼稚で平たんで奥行きのない文章になってしまうと思う。
もしかしたら心証を悪くする人もいるかもしれない。
そういう人たちにはとても申し訳なく思っている。
あくまで現場に居て思ったことをメモとして残しておこうと思ったことがこの文章の最初から最後までの一貫した哲学だと言う事を覚えていてほしい。
また、使う言葉は僕の感覚的なものがほぼ全てなので、うまく伝えられないかもしれない。前提条件はいっぱいあるけれども、書いておかなければならないと思った。一生懸命書いてみる。
序章に変えて。
開発の現場には空気感の演出がロマンチックな人間が圧倒的に居ない。
自分自身が、もしくはほんの目の前のお客様と、またはソースについてロマンチックな人間はとてもたくさんいる。
UCDという言葉がもてはやされているのは少し前の事だと思うけれども、空気感の演出が出来る人間はそもそもUCDなどを考えもしないだろうし、もしくは無意識で行える人間なのではないかと考えている。
空気感の演出とは、空間の演出とそこに介在する何かの化学反応を指す。
空間の演出と言うと、いっけんソフトウェア業界や、ビジネスの世界とは切り離された空間デザインの領域なのではないかという質問が出てきそうなので一言断わっておく。ビジネスの世界というものは、そもそも人と人とのつながりがあって初めて成り立つものであって、一人軍隊では意味を見つけることが難しい。一人オフィスで、顧客はスカイプの向こうに居る、という事があったとしても、顧客はスカイプの向こうであなたと同じように椅子に座って平たんなテキストのやり取りを同じように行っている。
平面を通して、空間がつなげている。
あるいは電話などはオフィスでしている電話と、駅のホームでする電話と、自宅で受ける電話では清涼も違えば、話し方も違うはずである。昔からTPOという言葉が使われていて、『常識的に考えて(JK)』当たり前のことを当たり前のように行っているだけだと思うだろう。
だけれどもそれは考えが少し足りない。
相手は同じところに居るかもしれないし、相手も同じように空間を移動しているかもしれない。同じような相手に電話をしているかもしれないが、相手は携帯電話のスピーカーを使わずにヘッドセットを使ってより良い通話環境を目指しているかもしれない。
あなたは同じように話すかもしれないけれども、多分無意識下で相手の空間を認知して電話について対応していると考える。それは相手側のノイズや、相手の声量等で判断するだろう。または、もしくは大きな声を出してほしくない場所に居る時は相手から注意を受けることもあるだろう。
それは、一つに相手も同じように空間があって、その場所とその人が火見づけられているからである。
目の前に居れば表情や仕草から様々な物事を想像することが出来、その想像によって自分が取るべき行動が決定されることを無意識で行う事が出来るだろう。
もちろんそれは大切なスキルであり、できない人もいる。
話はそれてしまったが、電話一つをとっても、多分思い当たる点はもっとたくさんあるだろうと思う。電話を主業務にしている方々であれば、僕の言っていることは間違いだらけかもしれないし、もしかすると、もっと違う目線を持つかもしれない。しかし、上記のことは僕自身が思っていることなので、きっとこういう目線もある。
大切なことは空気感であり、空間がそこにあると認知しているという事実である。
こう考えると、仕事場でゲームをしないことや仕事場にベッドを持ちこまないことは間違っていないのだと再認識できるだろう。(話が飛びすぎたかもしれない)
どんな状況に会ったとしても人は空間の中にしか存在しておらず、ヴァーチャルな世界と言っても限定的であり、飽くまでそれはその誰かのサブセットでしかなく、中の人しか顧客にはなりえないという事が事実としてあるという事になる。
またひとつ例をあげるけれど、Googleと言う検索エンジンについてのサービスを受注したとして。相手にするのは巨大なデータベースであり、膨大な情報を持っているが、お客様は検索エンジンやデータベースではなく、その膨大なデータを管理しているデータセンターのオペレーターやマネージャーを相手に仕事をする。
データベースのチューンアップ等を行う場合、もちろん相手にするのはデータセンターなのだが、データベースの要件の決定、仕様決定、承認や決済などを行うのはデータベースではない。担当者が行う。
データベースをお客様にしていないのに人間のフローが入ると言う事は、常識的に考えてその人に対して最低限のマナーなどを問われるだろう。
そんなことは当たり前かもしれないが、それは目の前に担当者がいるからだ。
それでは本当に少しだけ視野を広げると、毎日の業務の中でGoogleのテキストフォームに文字を打ち込む業務がどのぐらいあるか考えてほしい。
隣の人が自分と同じことをする動作を思い出してほしい。
その時に、そのデータベースはついにその担当者の手を離れる。データベースを介して、自分と隣の人の業務とが結びつく。全く社内的に関係がなく、プロジェクトも違ったとしても、自分が行うその業務は隣の人の業務について何らかのアクションを取らせるトリガーになる可能性がある。
話を戻して、電話やGoogleについて考えたとき、周りの空間について考える必要は全くないだろうか?
むしろ、考えない方が常識的に考えておかしいのではないだろうか?
受注した自分と決済担当者の二人だけで、プロジェクトは完結してしまっていいのだろうか?
ボクはここでの答えをノーと言いたい。
さて、そうやって少しずつ紐解いていきたいと思う。
以下の三つの項目について、いくつかのエントリに分けて書いていきたいと思う。
そして最初にボクからの一つの回答として、
『画面を作る人は、圧倒的に居ないし、そこについて人々はもっと考えるべきで、もしもそういう職業の人間が存在しているのだとしたらひと括りにデザイナと呼ばれている。だが、それは本当にそれはデザイナと呼べる代物なのだろうか?ボクはそこについてノーと呼びたい。今はまだその職業について名前がないのではない、というのが現状正しい解答なのではないかと思う』
としておきたい。
これから書いていきたいエントリ一覧。
【開発者と開発ツール開発者の意識のかい離】
【エンドユーザーと開発者の意識のかい離】
【開発者とデザイナの意識のかい離】
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