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永遠の人

  • 2008-04-16 (水) 0:07

或る所に、もうずっと死なない人がいました。
彼は何千年もの間ずっと死にませんでした。
彼自身は小さな頃の事や何年も前の事や、お父さんやお母さんの事を良く憶えていませんでした。
周りの人が『たいへんだね』と言ってくれる事に対して何が大変な事なのか、彼はわかりませんでした。

彼は友人を沢山作っていました。
彼にとってはいつの時間も年下の友人でしたが、
時間的な障害を彼が感じた事はありませんでした。
『沢山の事を知っている君と友人になれて、僕はとても嬉しい』
友人達は口をそろえて彼に言いました。
沢山の言語を彼は喋る事が出来て、沢山の土地の人たちと友達になりました。
彼は、友達はみんな生まれてから死んで灰になるまでと言う期間がずっと友達なのだと考えていました。
友達は彼の友達を産み落とし、その友達の子供の彼の友達はまた、彼の友達を作りました。
彼の友達はそうやって永遠に友達なのであって、決して自分が特殊だとか、そんな事は考えませんでした。
彼の事を知っている人の一部は彼に向かって
『化けモノめ』
そう言う言葉を投げかける時がありました。
そう言う時には彼は決まってこう言いました。
『僕と君の違いなんか、変化するかしないか、ただそれだけじゃないか』
そうして彼を嫌っていた人たちも彼に看取られて灰になって消えてゆきました。
話しをしなくなる前に友人達は、『あの世で会おう』と彼に約束をしました。
けれど彼は『あの世』が何を指し示すものかはわかりません。
『きっと次はないんだろうけれど、僕は君に会えて幸せだったよ』
彼は友人達にそう言いました。

彼の友人達は彼の友人達を作りました。
次々と連続して起こるその出来事は、いつも彼の身の回りにあるものだと信じていました。
繰り返し繰り返し、寄せては引いて行く波のように彼はそれを思う時に目を細めて考えました。
当たり前の日常にアクシデントなんか無いと彼は考えていました。

彼はある日、恋をしました。
それは小さな木の芽でした。
散歩をしていた林の中で、たまたま偶然出会ったのです。
『やあ』
と彼は言いました。
『こんにちは』
と木の芽は恥ずかしそうに彼に会釈しました。
それは何千年と生きてくる中で彼が身につけた事の一つでした。彼は人間だけでなく沢山の動物と植物と、風や水や火や雲や大地と、会話をする事が出来ました。
けれど、小さな木の芽は未だ沢山の言葉を覚えては居ませんでした。
彼はじっくりと話しをしたいと考えて、その木の芽の側に住む事にしました。
『雨が欲しい』
と木の芽が言えば、彼は雲と太陽に話をつけて雨を降らせました。
『根を伸ばすのに石が邪魔なの』
と言われればモグラと大地に話をつけてその石をどかせました。
彼は木の芽がどんどん大きくなって樹木になって行く姿を見て、ますます心惹かれて行きました。
ゆっくりとした成長は、自分と同じような形をした人と違って、自分と同じように永遠であるかのように感じました。
何百年と一人と一本は一緒に過ごしました。
沢山の言葉を交わし、沢山の思い出を作りました。
彼はその木のことを愛していました。
そうしてすっかり大きくなったその木は林の中でももっとも大きな木になりました。
『ありがとう』
とその日木は言いました。
『どうしたんだい?突然』
彼は驚いて木にゆっくりと話しかけました。
それまでそんな言葉を木が言った事はなかったのです。
『貴方にはわからないかも知れないけれど、私は消えていなくなるから』

そして戦争が始まりました。

友人達は彼に会う度に『文明が進歩したね』『便利な世界になったね』と言いました。
最初の頃彼は文字を書くことを知らなかったような気がしました。
初めてそれを友達から教わった時にただ純粋に驚いて必死に勉強をしました。
次に彼はとある街でインクとペンを見かけました。
『アレは何?』
彼は友人の一人に聞きました。
『インクをペンに付けて、薄っぺらな布に文字を記すのさ』
そうして布はいつの間にか神へと変わって、どんどん薄く、書きやすくなって行きました。
彼はそのたびに手紙を書きました。
タイプライターを手に入れた時に彼は思いました。
『何て便利なんだろう。そして美しい文字を打つことが出来るんだろう』
文明は常に変化しているようでありました。
着ているモノも食べているモノもどんどん精巧に同じモノが作られ、そして友人はみんなそれを作っている画一的な工場で働き、同じように生活をしていました。
『素晴らしい世の中じゃないか』
友人は出来たばかりの教会に彼を招き入れて、工業製品の素晴らしさを語りました。
『とても素敵な音が鳴るそのものは何だい?』
彼は指を指しました。
『パイプオルガンって言うんだ』
その荘厳で美しい物体を目の前にして、彼はただ純粋に驚きました。
『きっと、ずっと、無くならないのだね』
『そうさ、無くならないよ』彼の友人は言いました。『永遠に無くならない』

戦争が始まった時、彼が住んでいる地域に核爆弾が落とされました。
愛しい木も、パイプオルガンもみんな消えて無くなってしまいました。
友人達は一人残らず消え失せました。
一瞬にして、目に見えるそのアタリには彼一人しか残っていませんでした。
大きな木が、投下の目標地点にされたのです。
彼は呆然と空を眺め、飛んで逝くプロペラの飛行機を見ていました。
『文明が進歩したね』
そう言った沢山の友人の顔が頭の中で蘇ってきました。
飛行機を作った人も、ウランを発見した人も彼は友達でした。
友達は皆こぞって彼に笑顔を向けていました。
『世界が、沢山の人が、幸せにきっと成るよ』
彼はそうやって笑っている人たちにウンウンと頷いていました。
飛行機は太陽の光をきらりと受けて、去って行きました。
米粒のようになった飛行機が、彼の視界から消えた時に、彼は大地に話しかけました。
『消えちゃったね』
大地はもう何も彼に返事を永遠にしませんでした。
『…ゴメンナサイ』
けれどとても小さな声が、彼の頭の中に入ってきました。
『楽しかった。ありがとう』
それは何百年も愛しく想っていた木の声でした。
『生きてるのっ!!?』
彼はとても大きな声で木に向かって話しかけました。
彼の記憶の中で大きな声を出した記憶がありませんでした。
だから彼は自分自身にびっくりしました。
『ううん。もう、死ぬの。…さようなら』
『待って!!!』
彼は何度も地面に向かって叫び続けました。
『待って!!!』
『逝かないで!!!』『待ってよ!!!』

『僕を、一人にしないで!!!』

彼が叫んだ時に、一つの記憶がふっと蘇りました。
『待って!!逝かないで!!』
小さな頃の記憶でした。
一人の女の子が彼の側から離れて行くシーンでした。
それはもう何千年も前のことで、未だ彼が言葉を持たず、文字も持たず、身振り手振りでしか意識を相手に伝えることの出来ない時のことでした。
けれど彼はとても必死に女の子にそれを伝えようとしました。
けれど女の子は彼の前から消えてしまいました。
『…僕を一人にしないで』
けれどその思いは明確に女の子には伝わりませんでした。
小さな声でもう一度自分で言葉を紡いでみました。

「僕を、一人にしないで…だって、僕一人じゃ誰にだって好きだって言えないから。僕は君に一言でいいから好きだって言いたかったんだ。」
「ねぇ、今なら言えるよ。一人にしないでって。…何処に行ってしまったの?こんなにも僕は君のことが好きなのに。何処に行けば君に言える?」

そして灰になっていった友人達を彼は思い出しました。
彼女はもう何千年も前に灰になっているのだ。
彼は生まれて初めて涙を流しました。
涙は彼に『ありがとう』と言い続けました。

そうして何もなくなったその土地は、本当に何もなくなりました。

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