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【5】 人見知りと少年少女と、それを助けようとすること -1

  • 2009-07-19 (日) 16:32

 新村の家に着いたときに、僕は新村の周到さに舌を巻くことになるのだが、僕はそのときは未だ何も知らない。
 
 ぴったりと体をコンクリートの電柱にくっつけた背中がぴりぴりと痛かった。
 何時間かの精神的な葛藤を過ごした後の肉体的な疲労はどうしてもうまくやり過ごすことは出来ないようだった。
 僕が目覚めると、基本的には影は何もしてこない。
 おかしなメール、新村からの催促、そしてあったことも無いような甥からの電話。
 僕のうんざりは影どころの騒ぎではなくなったことで、影の呪縛から抜け出すことが出来た。
 僕がサイキッカであることと、世の中で今はやっているらしい発狂事件とは何か因果関係はあるのだろうか?
 ふとそんなことを考えた。今まで考えもしなかったことだが、それは近からずとも遠からずなのではないだろうか?と考えた。
 廻濡燐命といったか、テレビで見たのか中吊りで見たのか忘れたが、あの男、どう考えても正気ではなかった。そしてあまりにも常軌を逸しすぎている。サイキッカだったとしても力が強すぎるし、そんな人間は人類史上現れたことがない。
 もしくは僕、もしくはそれ以上のサイキッカは完全に情報を隠蔽されているのか?
 ただ、あの惨劇をテレビでもネットでも、どこでも見るようになってから僕は少しずつその関連性について全くの否定が出来なくなってしまったのではないだろうかと思うようになった。
 自分も同じように人を殺す事になるのか?
 自問するが答えはない。
 あの色白で細い優男が腕一本で人の首を引きちぎることなど出来るのだろうか?
 同じ事が僕にもできるのか?
 嫌、僕の力ではムリだ。
 いやいや、やめよう。想像するだけで悪寒がする。
 廻濡について考えるのはやめたほうがいい。
 そもそもサイキッカなどというものは、いまだ完全には解明されていないし、存在さえも認められたといいがたい。
 僕の存在だって僕自身が宙ぶらりんにして、保留した事に決めたばかり。そういう風にしようと決めたのはそんなに遠くない昔の自分。

 でも強い弱いに関係なくサイキッカの実態数は確率で言えば同じ高校に三人居るかどうかというところだろう。
 そういえば、新村のやつも最初あったときはその一人だと思ったが、彼にはその才能はないらしい。
 そう言えば最近見なくなってしまったが、サイキッカをサイキッカだとわかるという人物がテレビで大々的に取り上げられていたが、あいつはどこにいってしまったのだろう?本当にそんなことが出来たのだろうか?
 僕を見て、彼はなんと言うだろう。
 
 僕は痛む背中をさすりながら改札を抜け、山手線のホームへ歩いた。
 
 『君のその仕事はとても危険だよ』
 
 誰かが僕につぶやいた。
 聞き間違いでなければ僕につぶやいた。
 一瞬の間を置いて思わずその場に立ち止まり、周りを見渡したが、僕のことを興味の対象と思っているような人間はどうやらいないようだった。いや、居たとしても僕にはその力はない。
 殺気やそういった類の気配もない。
 勘違いだったのだろうか?
 違う。
 あれは僕に対して言っていた。
 新村に相談するべきだろう。だが、これから僕は新村の家に行く、そのときに話せばいい。仕事が立て込んでいるのであればそれが終わったらでいい。
 
 僕はその場でのことをいったん保留にして階段を上った。
 
 しかし、と僕はもう一度思うのだ。
 彼女が居れば僕は彼女にこのことを話しただろうか?
 恋人だった時代、友達だった時代。
 なぜ新村には話せて彼女には話せないのか。
 そう自分に問いかけると自分は答えた。
 『彼女には言う必要がなかったじゃないか』
そうだ、と僕はつぶやいた。
 彼女もサイキッカのようなものだった。居なくなってしまった彼女は、その、の、様なものだったというにふさわしい人物だった。
 相手の考えていることがわかるという能力だったが、単に鋭い洞察力を持っているだけではないか?と僕は疑っていた。
 そしてそれは彼女も同じように考えていたらしく、自分のことに対してサイキッカと呼ばれるのを嫌がった。
 だからといって言葉を発さないのかといえばそうではなく、むしろ彼女とはよく話した。
 僕の言葉はきれぎれで、繋げる事に苦労するだろうが、彼女はそんなことはお構いなしに僕の言いたいことをくみ上げ、全く問題がないといった風情で話を続け、根気よく相槌をうった。
 時には僕の思考を先回りして話していたような感もある。
 確かにそういう時はサイキッカの片鱗を見たような気がするが・・・。
 彼女は言った。
「やめてよ、そんな呼称はやめて私は多分、きっとそうじゃないと思うし、もしそうだったとしてもたいしたものは何も持ってない、貴方だって嫌がるじゃない、貴方はすごいのに」
 僕は手で静止して彼女のそれ以上の言葉を取り上げた。
 
 僕だって自分の事をサイキッカと呼ばれるのを嫌がっているじゃないか。

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