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【4】 奇妙な出来事 -3

  • 2009-07-19 (日) 16:31

 母から叔父さんの電話番号を聞けたのはラッキーだった。
 そこしかつながりがなかったというのもあるけれども、結果はオーライだ。
 
 僕は未だ彼女の顔を思い出せない。
 このまま彼女の顔を思い出さないのかもしれない。
 触れた唇の暖かさも、彼女を抱きしめたときのぬくもりも、遠い昔の記憶のような何かになってしまっていて、ぜんぜんリアルじゃない。
 ゲーム機の中の女の子が話す、本の中の人間が関係を築いて行く過程で得る感覚を、僕は頭の中で空想しているだけなんじゃないだろうか?本当はそんなこと一度も何も彼女とは関係なくて、その手のぬくもりだと思っていたものは、本当は冷たかったんじゃないだろうか?僕の記憶は何者かによって改ざんされ、彼女などというものはそもそもいなかったのではないだろうか?
 理李、僕が君を守ろうと思ったことはなかったかもしれないけれども、僕がこんなふうにして君と離れ離れになるとは思わなかった。
 そう、僕たちは離れることはあっても、それが最後と思うことなんかなかった。
 どんなに離れていて、どんなに時間が空いてしまっても僕と理李はまたいつか再会できることがあると思っていた。
 空の上ではなく、また空から降りてきたカメラの視点みたいに僕と彼女は今度は一緒に写っている。
 ハッピーエンドのように。二人がどんな顔をしているのかはわからないけれども。
 
 などと耽っていたのは叔父さんの待ち合わせ場所に着くまでにすることがなかったからだ。
 久しぶりに乗る電車、久しぶりの雑踏。
 僕の故郷はこんなにもうるさく、こんなにも知らない人であふれているのだ。
 脳内で再生されるのはよくミュージックビデオの演出で、映画のカットで見かける光景だ。僕を中心としてカメラが引いていく、僕はすぐに見えなくなって、空の、雲の中に視点は移動する。
 平日のお昼の山手線はすいていて、僕はガタンゴトンと揺れる感覚を心地よく思っていた。
 僕は耳につけたイヤホンをはずして、そんな電車のノイズ、笑い声、話す声、マイクアナウンス・・・。すべての意識が分散して、それぞれに小さく付着していくようだった。
 片方のイヤホンからは少し前に流行ったポップミュージックはトントンとリズムを刻みながら体へと流れ込んでくる。
 家にいるときには感じなかった高揚感がある。
 不謹慎かもしれない。
 それでもドキドキとしていた気持ちを自分自身に対して隠すべきではないと思った。
 何らかの解答がきっと待っている。
 
 正直な話をすると、僕は知らない人と会うのが苦手だ。
 入学式も、友達の紹介も、すべて緊張する。だから大抵は理李についてきてもらう。
 小さいころから一緒で、理李と出会ったのがいつだったのか、僕には思い出せないから、もうずっと二人で一人のような勘違いをしていたのだろう。
 僕は、容姿端麗というわけではないけれども、小柄で小さく、細く、顔が小さいとよく言われた。かわいいと形容されることもあったが、そういうのは苦手だ。
 理李は僕とあらゆる意味でよく似ていた。線が細く、色が白く、僕が言うのも変だが確か綺麗な子だったはずだ。顔は思い出せないけれども、清潔感がある感じで、人にとてもよい印象を抱かせる、そんな女の子だった。
 僕が居たせいかもしれないけれども、あまり活動的だったとは思えない。
 何人かのラブレターを僕はもらい、理李も同じように誰かからの好意を受け取った。僕たちは付き合っているわけではなかったから、普通にほかの人に対して恋をしたりもした。
 ・・・まぁ、それが本当に恋と呼んでよいものなのか、僕は判断できないのだけれども。其れにしては随分お気軽な思いだったように記憶している。

 「好きです」「じゃあ手をつないで、キスでもしましょうか」

 だけど、それらはもちろんうまく実らせることが出来なかった。
 僕たちは、少なくとも理李が居たころまではほとんどのすべてを理李に話し、そして理李は僕に話してくれた。
 でも、結局のところ僕が叔父さんのところに行くのは理李のためではなく、理李も僕がそのように思ってないだろうということはわかった。
 おじさんと僕は面識がない。少なくとも僕にはない。そしてさっきの電話の口調からしておじさんにもない。
 アマツチという苗字を持っている僕の知り合いは、なんとなく印象深い響きだと思った幼少期の僕の体験がヒントになった。
 公園から帰ったあの日、僕は携帯ゲーム機を充電器にさした。
 充電が始まるころ、僕は母に『アマツチって母さんの旧姓だっけ?』と聞いた。母は少し困った顔をしながら、
 「違うわ、私の弟の苗字よ」と答えた。
 だから僕は今から知らない人に会いに行く。理李が居ないのに、僕一人で。だけど、思ったよりも緊張なんかはしない。小遣いはもらっていなかったが、ゲームばかりしているおかげで広告収入とRMTで得た小額の金が銀行口座に入っていた。マシン、ゲーム機、ソフトを買うのに使っていたが、今では全く食指が動かない状態だったこともあって、自由に外で行動できるぐらいの金があった。
 理李と行っていたキャラを残して装備もアクセサリもアイテムも、すべてRMTで現金に換えた。
 振り込まれた額をみて、僕はこんなにも少ない金額のために理李との時間を使っていたのか、という小さな驚きも一緒に受けた。
 人生とは、多分、僕が想像しているモノとはまったく違い、僕らには無関心で、つらいものなのだろう。
 
 『駒込、駒込でございます。東京メトロ南北線はお乗換えです。』
 
 車内アナウンスがあった。
 なるほど、こうして思考とは中断されるものなのだな。
 僕は電車を降りて、階段を上り、改札を出た。

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