- 2009-07-19 (日) 16:27
引き金を引いたのが恋人ではなく単なる偶然だったことは僕にとって全くの幸いなことではなかったが、不幸なことでもなかった。
僕は常に引き金を引き続けている。
FPSと呼ばれるゲームの世界の中では延々と僕はサブマシンガンを片手に敵に特攻していく。
僕はネットにつながっている誰かを殺し、そして僕は誰かに殺される。
ヘッドフォンからは常に人のうめき声と銃声が響いていて、やけに現実感のない地獄がそこに展開されている。
モニターに地獄。
ヘッドフォンから地獄。
部屋から出たらカップ麺という現実。
母親が食事を作ってくれるが、きちんとしたものは食べる気がしない。
一応パジャマを脱いで出かけられるような格好はしているが、制服はハンガーに掛かったまま。
正直なところ、僕は彼女の死をうまく受け入れることが出来ていないだけなのではないだろうかと思うことも少なくない。
「宗治、顔色が未だすぐれないみたいよ」
階段下の母が僕に向かっていった。
「いや、僕は単にゲームのしすぎなんだ」
「ショックなのはわかるけど、ああいうゲームばかりやっているのはどうかとも思うしきちんと食べないと・・・」
「理李がいるときも同じようにゲームはやっていたよ、関係ないさ。食事については少し悪いと思っているんだけど、上手く自分の血肉になる気がしなくて、・・・我が儘を言ってごめんなさい」
母はじっと僕を見たままうつむいた。
「そういえば、理李も母さんと同じことをいっていたな」
と僕はつぶやいた。
「言っていたわね…いい子だったのに」
といって母は目じりに涙をためようとした。
「母さん、それはやめてくれと何度もお願いしたよ」
「そうね」
と母は袖で涙を拭う仕草をした。
「ちょっと水を飲もうと思って出てきただけなのに、大げさだな」
といって僕は手をひらひらとさせた。
彼女がいなくなってから僕は字面どおりの引きこもりになった。
食事と生理現象と、歯磨きと風呂以外は部屋から出ず、よっぽどのことがない限り家から出なくなった。
学校にも行かなければコンビニに行ったりもしない。
ゲームは買いに行く。
通販でも買えるのだろうが、日課であったそれはやめることが出来ない。そのために毎日寝間着からラフだが、外出できる格好になっている。
外に出るから世間的な引きこもりとは一線を画しているのか?
わからない。
わからないがどうでも良い。
その後決まって僕は『また明日』といって別れた公園で携帯ゲーム機を握ってディスプレイをじっと見つめている。
ただしピコピコという音はしない。電源をつけていないから当たり前。
でも、その当たり前さを、僕は知らなかった。
電子音とマシンの奏でるノイズ、気が付いたらそこにいた理李が話し笑う声、僕の世界は常に音かノイズが理李の笑い声に混じっていた。
だからそこにある公園での遠い静かな時間を、物心付いた頃から初めて経験したことになる。
一人で公園に来た初めてのとき、僕はそのゲーム機の電源をつけて、攻略中のゲームに取り掛かった。しかしそれは興が乗らないという、その一言に尽きた。
全く面白くないゲームの電源を切ると、そこにはすっとした沈黙が待っていた。
遠くで自動車の音が聞こえる、遠くで誰かの話し声が聞こえる。誰かが走り、街が声を上げる。それは小さな小さな音だったが、僕にはまるで街が、世界がすべて沈黙してしまったように感じられた。
僕は何年かぶりにその公園で泣いた。
最後に泣いたのはいったいいつだったろうか?
彼女がいないことで泣いたのだけれども、彼女がいないことが僕の引き金だった。
なんて無常だろう。
泣きたいと思うことを僕は誰にも要求しなかったけれども、今こうして止まらない涙は理李が見たらどう思うのかな。
そうふと思ったときに彼女の顔を思い出そうとした。
でもだめだった。
彼女の予言どおり、僕は彼女の顔のひとつも思い出すことが出来なかった。
「ねぇ、ほら言ったよね、思い出せないんじゃなくて君は知らないんだって」
と僕の口から彼女の台詞がこぼれた。
きっとそんなことを言うだろう。
「しってるよ。判っているよ」
僕は言う。
理李が居たら苦しそうにも、なんでもない平坦な口調で続けるのだろう。
無意味で無価値な僕に天使のように声を掛けてくれるのだろう。
彼女は僕にとっての天使だったのか?いや、天使と言うにしては少し平凡すぎて当たり前すぎる容姿の持ち主だったかな。でも僕にはきっともったいない女の子だったのだろうな。
きっと、今隣に現れたら、最後の日のように多弁に、永遠と思える時間を、彼女は僕に話しかける事に使うだろう。
そんな予言はいらなかったのにな。
ただ、僕は君ともっと、もっと幸せな言葉を聴くことを、君が話すことを望んでいたのにな。
涙が思考となって溢れ出し、僕の口はさっきの言葉が永遠に響くようにぴったりと閉じられてしまった。
気が付いたときに回りは暗くなり、僕は両手で携帯ゲーム機を握ったまま、息苦しいことも忘れて泣いていた。
泣きながらも冷徹な僕は関係のない事を考える。
新作ゲームを買うペースってどのぐらいだろう?僕は大体二週に一本ぐらいのペースだ。
引きこもりと入っているけれども、こんなアクティブな引きこもりはなかなかいないだろう。
学校には行かないけれども、もともと友達なんていないし、進学校の僕のクラスメイトは僕のことなんて心配しもしないだろう。
気丈なふうを装うのはそんなに難しいことじゃない。
僕は学校に行かないことで、ゲームをして公園に来て沈黙した。
携帯ゲーム機はもうずっと充電していない。とっくの昔に電源は入らない。
ねぇ、もっと理李の事を、彼女の事を考えなよ、そんな不真面目さじゃ何も伝わらないよ。
ゲームの電源なんてどうでも良いじゃないか。僕
だが、習慣なのか電源を入れる行為をしてしまう。
本体側面のスウィッチをスライドさせるタイプのゲーム機だったから、かばんから取り出すと、オンにする仕草をする。
電源が、入らない。 筈だった
電源が、入った。
「」
僕は呆然となった。
電池マークに目をやると、電池マークがあるべき場所にアイコンがない。
ゲーム右端に『メッセージが一件あります』
僕は十字キーを操作して、メッセージウィンドウを開く。
何も考えていなかったと思う。
『ソウジくん、君のセカイは変わったよ』
そんな件名から、手紙は始まっていた。
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