- 2009-07-19 (日) 16:25
丸めた体の節々が痛くなってきた頃、僕はようやくその場所から出ることを決心した。
相変わらずわけのわからないメールのやり取りはしているが、近くに危険がないことだけは確認できた。
街の人々が僕に投げかける好奇の目はもうなれてしまった。それよりももっと邪悪な目をしたものに気を配らなければならないのだ。その目は僕を食べようとする。その目は僕を殺そうとする。僕を追い詰めるのは影だったり視線だったり、長く伸びた電柱の其れだったり、その形が本当のところどんな形をしているのかわからない。
件名:殺されていいと? 本文:君はそんなふうに思っているの? k
何通か前のメールでkとやらは僕に向かってそんなことを聞いてきた。好奇心だったのか、それとも本心は別にあるのか。
彼が極限状態にあるとはいっても、少し、落ち着きすぎたメールではないだろうか?
落ち着きすぎている・・・?
そのとき僕はなるほどと思ったのだった。あと少しこの場所にいよう、きっとその後には何もないと。
そのときまた携帯電話が震えた。メールではないバイブレーション。
『新村』
と携帯電話のサブディスプレイには表示されている。
「なんだ?」
僕は電話に出た。
「俊弥、お前のことを見たってやつからメールが来たぞ」
「へぇ」
「新宿で何やってんだ、また変なカッコで動けなくなってるんじゃないだろうな?」
「変なカッコで動けなくなってるんだ」僕はおどけた様子で新村に返事をした。
実際にぺろっと舌を出しながら行ったからかなりおどけた様子になっているのではないだろうか。
「俺がこないだみたいにいってやろうか?」
「大丈夫だ。心配するな、天土俊哉にはこんなことなんてことない」
「名前は関係ないが・・・」
tとは僕の名で、苗字は天土(アマツチ)という。
自己紹介が遅れたが…とはいっても、僕の素性についてはほとんど先に述べてしまったか。
「それよりも、また動けなくなってたら困る」
「どうした?」
「どうしたじゃない」
と、新村真吾がまじめな口調で言う。
「締め切りだよ、お前未だ仕事先に納品物提出してないだろ」
納品物とはイラストのことを指している。
「何をぶつぶつ言ってる?深刻なんだ」
新村のイライラが電話越しにもわかった。
「わかってる、データは家にある」
僕は自信たっぷりに答えた
「実はこんなこともあろうかとストックしてある分がまだまだかなりある」
電話越しのため息。
「センセイの気がまた変わったんだ」
「はぁ?」
「先生の気が変わったから、あのキャラクタは使えない、あー・・・、お前が打ち合わせをちょうどすっぽかした日に機嫌よさそうに先生は新しいキャラクタについてしゃべっていたんだ」
「まじか、でもそいつは主人公じゃないだろ?」
素っ頓狂な声だったと思う。
「いや、それが願ってもおらず主人公なんだ、シリーズ6冊目にしてまさかの外部主人公の起用」
「…こまったな」
「明日までなんだ、二時間後にお前の家に行くからそれまでにそこから動けるようになっておいてくれ」
「それなんだけどさ・・・新村のマシンに僕の環境移せないかな?」
と切り出した。
「家には帰れるんだが帰れないんだ」
「わけがわからんが」
新村沈黙。
「わかった、とりあえずお前が分けわかんないのは今に始まったことじゃないしな、お前の環境後と全部うちに運んでしまうぞ」と新村が言った「鍵は変わってないな?」
ちょっとしたことがあって僕は家の鍵を変えたことがあったのだ。
「変わってない…はずだ」
と僕は言った。
「わかった、二時間後にうちに来ておけ」
新村は電話を切る間際に
「どうせペンタブだけあれば何とかなるんだろうだが、今回はそういうことも言ってられないんだろうしな」
「悪いな」
電話が切れた。
何という柔軟さ。
僕は心の中で新村に盛大な拍手を送っていた。
でもそもそも僕は僕で此所から動けるようにならなければ何の意味もないのだ。
新村は僕の大学でのほとんど唯一といっていいほどの友人で、僕のイラストをきちんとした形の商品にしてくれた仲間でもある。
今は出不精な僕の代わりに出版社とのやり取りをしてくれる、編集のようなエージェントのような微妙な立ち位置にいてくれている。
唯一無二な存在といってもいいのだろう。
新村にとっても同じかもしれない。
いや、きっとそうであろう。そしてそうであってくれないと困る。
終話ボタンを押すと何通かのメールがいっぺんにやってきた。
すべて同じアドレスだ。
件名:そろそろやばい 件名:来る k 件名:来た 件名:違った、よかった k件名:油断はできない etc・・・
…いくらなんでも送りすぎだろう。
僕はいい加減うんざりした気持ちになって、
件名:なし 本文:悪いがようやく僕のほうは動けるようになったみたいだ。仕事の関係でメールは続けられない。
という返信をした。
結果から言うと、この署名を忘れたメールのせいで僕はこいつと合流することになる。
と、いうか僕の対応力のなさが、柔軟性の無さが、そして運命を引き寄せる奇妙な力が、と言い換えた方がよいのかもしれないが。
運命を引き寄せる?
僕は自分の言葉にぷっと吹いた。
そんなモノが僕にあると本当に思っているのか?バカみたいだ。
自分を過大評価するのも大概にしろ。
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