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【1】 匿名そして密告 -3

  • 2009-07-19 (日) 16:25

 「まっさかさまに落ちていく夢を見たんだよね」
 彼女は僕にそういった。
 携帯型のゲーム機に夢中だった僕は彼女の言葉をうまく聴くことができなかった。
 「へぇ」とだけ答えたような気がする。
 「リアルな夢だったな、あんな怖い思いをすることってなかなかないと思うんだ」
 「大げさだね」ピコピコ。
 「そういうのって予知夢みたいなものだと思う?私はそう思ったんだけどな・・・あんなリアルな夢、普通見ない」
 彼女はどんな顔をしていただろう?
 「わからないけど、違うと思うな」
と僕は言った。ピコピコ。
「どうして?」
「まっさかさまに君が落ちちゃったら、君はこの世からいなくなっちゃうでしょ」
「そうだね」
「そんなセカイに僕はいたくないからさ」ピコピコ。
「またー、恥ずかしいことを言って」
彼女は笑った。それから彼女は続けた。
「もし本当にそう思ってるならそんなゲーム機を見つめていないで私を見てくれればいいのに」
と。
 確かにそのとおりだと思った。
 どうして僕は彼女を真正面から見ることができなかったのか。
「私のいないセカイで君はどんな風にして生きてゆくのだろう」
 ピコピコと言った。
 僕のゲーム機の中では主人公のレベルが上がった。
「さぁね」
掛け値なしの言葉だった。
「うそ臭い」
彼女は笑う。
「本当だよ」
僕はゲームの画面から目を離さない。
「証明」
 一呼吸置いて彼女はゆっくりとつぶやいた。
「証明は、…いいや、それよりも、さ、君の私のいないセカイが気になるな…どんな風に息をしてどんな風な表情をして、どんな風に私のことを思い出すのか、私はそれを見てみたいな」
「だってさ、君は私のことちっともみてくれないもの…思い出せる私の表情なんてひとつもないでしょう?ねぇ、こうして話してる私の顔だって見てくれないんだよね、だから私にはわからない・・・私は気味のことじっと見つめてるから君がいなくなった後でも、気味のいないセカイも結構想像できちゃうんだ」
「こういう言い方は悪いかもしれないけど、『私ばっかり』と思われて私のこと嫌いになられるのはいやなんだけれど、それでも私は君の事割としっかり見てると思う…だけど君は違う、君は私じゃない誰かを見てる、誰か、それが人間だったら私だってやきもちやいたりいろいろできたかもしれないけれど、そうじゃないよね、君が見てるものはなんなのかな?君は、何か遠くの…いや…、なんでもないよ」
 ふぅという、息がこぼれる音がした。
「なんでもないんだ、私今変なこと言ってたね」
アハハと彼女は笑った。
「僕は君が思っているほどの変人じゃないよ」
と僕は言った。
 ゲーム機を操作する指が止まっている。
「僕は君の事を、見てる」
搾り出すように言った。
 僕自身がその言葉がのどぐらい嘘なのか、全く把握できないままにそう言った。
「知ってるよ、大丈夫」
「君の事が大事だ、君のいないセカイなんて、僕のいるべき世界じゃない」
それは嘘じゃなく、掛け値なしに本当だった。
 僕のいるべき世界と、彼女のことをよく見ている僕にどれほどの乖離があるのか、僕にはうまく図ることができなかった。
 今ならどうだろう・・・?
 いや、やめておこう。
 今は彼女との会話をしっかりと回想することに努めよう。
 一字一句間違わずに思い出し、その声の重さと言葉の選び方に注意を払うんだ。
「君の事が好きだよ」
と彼女は言った。
「君は大丈夫だから」
と彼女は言った。
「君は一人でも大丈夫」
とも言った。
 だけど僕は弱虫だった。
「僕は一人じゃだめだ」
と僕が言った。
「じゃあね、また明日」
と彼女が言った。
 僕は何も言えず、遠くなる足音に耳を傾けていた。
「また明日・・・」
僕はつぶやいた。
 その声が耳に届く頃、彼女の足音はもう聞こえなくなっていた。
 僕が顔を上げると、そこにはもう彼女の姿はなかった。
 
 公園の、真ん中の鉄棒で、高校生だった僕たちは日が落ちるまで話していた。
 そんな日常が当たり前だった。
 
 その次の日、彼女は公園に来なかった。
 よく晴れた木曜日、雲ひとつない青空で、暴力的な風が吹いていた。
 後で聞いた話によると、彼女は自殺ではなく、その風に飛ばされたのではないかと聞いた。
 学校の校舎、彼女の好きな屋上から彼女は落ちて、そしてコンクリートの地面にたたきつけられた。
 あたり一面は血の海と化したらしい。
 僕は伝え聞いた話だから、よくその話を聞いたときのことを覚えていない。
 
 ただ、その前の日、彼女は家に戻っておらず、華族は捜索願を深夜に出していた。
 その次の日の昼過ぎに、彼女が死んだ。
 最悪な形で。そして見つかった。
 
 だから、この一連の今も続く惨劇の引き金を引いたのは彼女なんじゃないかと、僕は思っている。
 真実は例え違う形であれ、僕はそんな風に信じて疑わない。
 少なくとも僕の引き金を引いたのは彼女なのだ。

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