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【1】 匿名そして密告 -2

  • 2009-07-19 (日) 16:24

 「願いってかなうと思うよ」
 「そのために願いがあるんだから」
 「夢だってかなうと思うよ」
 「かなったら夢じゃなくなっちゃうけれども」
 私はその子の言葉をひとつずつ整理してみた。
 元凶なんてどこにあるのかわからないけれど、その子のノートには力があること。
 私を取り囲む状況はあまりよくないらしいこと。
 私の近くにいた彼女は私にたまにそう言って注意を呼びかけてくれた。
 ありがたい事に彼女は私の友人だったのだ。
 そして私も彼女の友人で。

 新聞はなぞの連続失踪事件を取り上げている。
 なぞは謎のままではなく。基本的にはほとんどすべてで解決している。
 だから謎とは言っても謎ではないのだ。事件そのものに謎めいたモノはなく、その裏側の仕組みがとても謎めいている。前例がないのだから謎だと言っても不思議なところではないのだろうが。先ほども言ったように、基本的には。
 基本的にはというのはパターンが三つでほとんどすべての事件は幕を引いている事からそう言う印象を感じさせる。

 失踪、その後死体で見つかること。
 失踪、その後ひょろりと家に何事もなく戻ってきていること。
 失踪、その後奇妙な発言を繰り返したり、発狂しているところを取り押さえられ発見されること。

 殺されているのは基本的に発狂した人が手をかけた痕跡を残している。
 だが、発狂している人間に何かを淘汰ところでまともな答えは返ってこない。
 作り返す言葉に関連性はない。
 事件は公表されているだけで三百件以上。発表されている割合からみると上のパターンが三分の一ずつにかっちり分かれている。
 被害者(殺されて見つかった)二人につき加害者(発狂した人間)は一人という割合。
 割合が合わないから、発狂した人間の中には誰も殺めていない可能性があるが、被害者の衣服であったり、生体反応であったり、痕跡であったり、どこかで一致していることがほとんどであり、何らかの可能性があることは否定できない。

 しかし、基本的にその物理証拠以外に被害者と加害者を結ぶ紐がない。
 
 だが私がを含む一般大衆の多くは真ん中であげたパターンが最も気味が悪く、うすら冷たいものを感じているらしかった。
 テレビでは連日のように『ナゾの失踪事件を追う!』などという特集が組まれているぐらいだ。
 薄気味の悪いところは一言で言ってしまえば、いない時間というものがまるで透明人間だったように当たり前のように戻ってくる所にあるのではないだろうか。
 同居人はさまざまであるが、ある両親はあまりに拍子抜けし、ある奥さんは浮気だと信じて疑わず。
 だが彼らは等しく、帰ってきたときに、居なかった事を本人に問うと、
 『ん?何かあったの?』
 というようなことを聞くらしいのだ。
 どういうことだろう?
 昨日まで全く居る存在のないものがそこにいて、あるいは寝ていたり、食事をしているのが、気が付いたときには当たり前のように(元々の日常がそうであったように)目の前で行われているのだ。
 言葉として前述の文章がおかしいことは承知しているが、奇妙さを伝えるにはこのようにすることしかできない。
 奇妙なのだ。
 語弊を恐れずに表現するならば最も近い現象は神隠しであるようなきがする。
 しかし、三人に一人は殺されているということ、件数が多すぎることで大事な何かを見落としてしまっているような気がしてならない。人の気が付かないこと、気づきようもないこと。
 もっと単純で、もっと端的で・・・。
 
 私は彼女のノートをもう一度開いてみた。
 そこには何かが書かれているわけではない。ただただ日記用の散文のような、思春期の女の子によくあるらしいひとつの傾向をつづったノートだ。
 その所感に目新しいモノはなく、『絶対に誰かに見られたくない!』と思っている事が書かれているノートなのだ。
 もっと判りやすく端的に言えば特筆することは何一つとして書かれていない、無意味で、だれだれが気になるだの、部活動で困っていることがあるだの、そういうことが書かれている。
 私がこのように彼女のノートを見られることはまた後で書きたいと思う。
 いや、書かないかもしれない。
 書かなくても良いような気がする。
 だって私たちは友達なのだし。

 彼女のノートには明らかにそのノートの本題と外れた事が書かれている事がよくあって、それに気が付いたときに、そのノートを端から端まで読もうと思った。
 彼女はもう殺されているし、もう二度と戻ってくることはないはずなのだ。
 『夢はかなうと思うよ。叶ってしまったら夢じゃなくなるけれども』
 私は声に出してその一文を自分なりに租借しながら自分の中に適応させてみようとした。
 でもうまく自分の中で理解することはできなかった。
 マージすることができない。
 心に赤いマークは付いたままだった。
 私はそのノートを自分のかばんに納めると、彼女のいすから腰を上げて伸びをした。
 
 窓の外はすっかり冬の様相を呈していた。
 この瞬間にも人は消えている気がする。
 木々は葉を散らし、人々はかさかさ落ち葉を踏んで音を鳴らした。
 美しい季節だ。
 もうすぐその黒く垂れ下がった黒い雲からは雪が降り、世界を白く染めてゆくのだろう。
 私はその白銀の世界で、足元に気をつけながら歩くのだろう。
 
 かばんの中のノートに力があるのかはわからない。
 けれど、ひとつだけわかっていることは、彼女は死体で発見された第一人者ということ。
 そして私自身が何事もなく帰ってきた失踪者であるということだ。
 ここに明確な違いがあると思えない。

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