Home > 僕、と言う名の誰が悪いのか? > 【1】 匿名そして密告 -1

【1】 匿名そして密告 -1

  • 2009-07-19 (日) 16:23

 ガサガサという音がする。
 僕は思わず曲がり角の電柱に身を潜めるが、ここは繁華街だ。
 どこに隠れようとしても、誰かの視線がある。
 この視線から逃れることが今のところ僕はできないでいる。
 潜めた逆方向からは僕は潜めていなく、まる見えであり、いっそこの電柱の下にある石ころぐらいの大きさになることができれば気が付かれることは少なくなるかもしれない。
 そういえば最近ではめったに石ころを都会で見なくなった。
 最近といっても昔のことなんか知らない。
 ポケットの中でケータイがバイブする。
 バイブするという日本語が正しいのか僕はわからない。
 隠れるのが飽きた僕はその電柱に寄りかかり、携帯電話を開いた。
 件名:やばいことになった 本文:合流したい k
 知らないアドレスからのメールだった上に友達が極端に少ない僕にとってkと付く人間は一人としていなかった。
 メールからは緊迫感しか伝わってこない。
 僕は次のようなメールを送信した。
 件名:電柱に隠れている 本文:合流はできそうもない。僕のほうもやばいんだ t
 tとは、僕の名前からとった。決して対馬のtではない。
 こういうメールは特に意識せずに受け流してしまうのが得策だと考えている。メールなんていう文化は最近できたものであって、それ自身に対するモラルだ何だというのは跡付けの考え方であって、既存のルールが適用されるとは限らない。
 メールが来た。
 件名:俺は佐藤じゃないのに 本文:t、君は佐藤か?なぜ狙われる?k
 俺は返事を書く。片手で、できるだけ自然に、自分自身の焦りを相手に見せてはいけない。
 件名:tだ。 本文:佐藤ではない
 こいつはそうか、別の本の影響を受けたのか。
 視線と書いたが、本当に視線かどうかはわからない、そこには何らかの僕をミルモノがあり、それはどこの角度にあるのかはわからない。どこの曲がり角でそいつと出会うのかわからない。僕が無防備であればあるほど。視線というか、その気配は僕に甘くすり寄ってくるのだと、僕は認知している。
 ところで佐藤、佐藤?
 ああ、なるほど、佐藤ということはベストセラーになった割りに書評や読者の感想があまり芳しくないあの本だな。かわいそうに。
 どうせなら僕のように全く正体のわからないものから追われるような本のほうがよかったのに。
 何故にどこをどうして佐藤なんて言葉を使ってしまったのだろう?
 それとも佐藤の雰囲気を感じたのか?
 何だ、佐藤の雰囲気とは。
 
 十一月も終わる、季節はもう冬といってもいいだろう。
 僕は薄っぺらいコートを着て家を出たまま、風呂に入り服を着替える以外家に帰れなくなってしまった。
 夜は公園で寝、ネットカフェで過ごし、たまにプチ豪華なホテルに泊まった。
 仕事はしている。
 と、いうか、世には奇妙な制度があるもので、僕の通っている学校には秋休みというものが存在している。そしてそれらは本来十月にあるべきなのだろうが(そのように世の中の人たちが言っていた)、十一月の暮れごろに十日ほどぽっかりと暗く深い井戸のように存在している。
 今はその休みだ。
 そして僕という存在はフリーランスという肩書きを持ったただのしがない三流大学の学生である。一浪もしなければ、一留もしていない。二十一歳であるから学年で言えば四回生に相当するのだろうが、単位は二年のうちにほとんどとってしまったことで、学校にはゼミでの集まりがない限り顔を出さない。と、言うか学校に行く事に対して意味がない。
 だからというわけではないが、高校生の頃からのんべんだらりとはじめたフリーランスの仕事が立て込んできている今、僕自身に学生という肩書きはどうも合っていないような気がしている。
 イラストレーションの仕事を始めてもう4年になるのかと自分のキャリアについてため息をついた。
 最初のオファーは有名ではない小さな出版社だった。イラスト一枚3000円という仕事だったが、評価がよかったのか次のイラストレーションからは一枚6000円になり、カラーはその倍額を支払ってくれた。もちろん仕事によってその単価は変動するから、一概にこうという事はいえない。大きさによっても納期によっても単価は違う。だが、仕事があるという事だけははっきりと言える。
 一月の収入が仕送り額を超えるようになった頃、僕は親に進んで仕送りを家賃のみでいいという電話をした。
 切り詰めることが自分自身に対してどのような影響を及ぼすのかわからない。
 しかし僕はそのようにして自分自身の稼ぎで自分のほとんどの生活がまかなえることを知った。
 イラストレーションとはいってもさまざまであるが、僕がやっているのは主にライトノベルと呼ばれるジャンルの小説における挿絵と、カバーイラストである。
 有名作家人のイラストは担当したことがないが、相当な数のイラストを描いた。
 そして今でもその営みは続いている。
 学生であったことから僕自身はほかの人のギャラを知らない。担当に聞くこともない。僕は出版社から依頼を受け、それを期日までにこなすことが仕事であり、提示された金額の請求書を送る。
 と、言うような事を僕に興味を持った人が僕自身について尋ねてきたときに使う方便だ。学生であることはうそである。単なる嘘をつくのに便利な道具だから利用しているにすぎない。
 他の人のギャラなど興味がないから聞かないだけだ。
 このまま卒業したら少しは興味もわくのかもしれない。
 上昇志向というのだろうか?圧倒的に僕にはそれが欠けているように思う。
 
 そして今僕は追われている。
 それだけが簡単に今の僕を象徴する状態である。

Comments:0

Comment Form
Remember personal info

Trackbacks:0

Trackback URL for this entry
http://platoronical.net/blog/wp-trackback.php?p=115
Listed below are links to weblogs that reference
【1】 匿名そして密告 -1 from Platoronical White Paper

Home > 僕、と言う名の誰が悪いのか? > 【1】 匿名そして密告 -1

Search
Feeds
Meta

Return to page top