- 2009-11-30 (月) 22:46
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小さな頃、父親が口内炎で口が開かなくなったことがありました。
摂取できるのが液状のカロリーメイトだけという非常に酷い状況だったことを憶えています。
小さいボクは、そんなことを構わずにレガシィに乗り込む父に何か話をねだった気がする。
筆談で、いってきますと書いてくれた気がする。普段笑わない父親が何か笑ってくれた気がする。
ものも食べられないほどに疲れている中で、何も考えなしに父に近寄っていって、無邪気としか言えない自分の相手をしてくれた父親が、いまになって精一杯父親なりに接してくれ亭なのかな?と思ったりした。
いまは、母と離婚してしまったし、子どもは3人とも家を出ているので、実家には父と、父のお父さん(ボクのおじいさん)のふたり。
でも、家は二つあるので、たかが30メートルほどの距離だけれども、離れて暮らしている。
当時の父は、バブルの真っ直中、良い時代だって事もあったんだろうけれども、それでも一生懸命働いていたような気がする。
おじいさんは割と凄い人だったみたいなので、その辺は家の事業と言うこともあって色々負い目も感じていたのだろう。
何より父は人の上に立てるような人ではなかった(性格的に)
最近父親のことを考えると、単純に余裕のない人として、ばっさりだったんだけど、自分が口内炎になると、その時のことを思い出す。
父は子どもが好きじゃない。でも、自分なりに一生懸命いろんなモノに折り合いを付けようとしていたのではないのかな?と思う所が父を一方的に責める気になれない最大の要因だな、と思う。
変な話、ボクだけが父の味方、と言うような見方があるようだ。
そんなことはないんだけどね。
父は苦手だし、弟もそんな好きじゃない。
期待に応えられない自分がいけないのだ、と言う言い方もあると想う。
言い方って言うか、考え方か・・・。
ボクは口内炎や体調不良になったら、自分に素直だから会社を休むし、出来るなら、引きこもろうと想ったりする。
しかし、ボクが居なければ困る人というのが居るわけで(勿論代わりはいるだろう)でもそう言う人を困らせようと思っているわけではない。自分に驕っているような気もする。
でも、驕っているだけなら、いいなと思う。ボクが居なくても、何とかなるのは解るけれど、居なくても良いという環境が一番良いかな、とかね。
結局のところ僕も父親に似ていて、そんなに人に好かれるようなタイプの人間ではなく。
ただ、違うのは、ボクは別に好かれなくてもいいと思っているところで、父はどこか諦めキレていないような節があるところかな・・・。
ま、親子だから。
閑話休題
思い出を語るには、随分早いかな、と思ったけど。
思い出したときしか、きっと話せないな、と思った。
今のところ実家に戻る気はない。
でも、もしも和歌山でいまと同じような仕事が出来るならどうだろう?
でも、いまと同じ仕事をする気はないかぁ・・・(苦笑
ごめんね、ありがとう、おやすみ。
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